君
の為に死にたい
きみの為に死のうと思っていた。
俺は君を愛していたし、君も俺を愛してくれていた。
それだけでもう俺は満たされていたので、本当はいつ死んだって構わなかったんだ。
ただやっぱり俺も人間なので、死に対する本能的恐怖や、痛みからの逃避、
強者への畏怖が全くなかったわけではない。ただ、を守って死ねたなら本望ってのと、
がいない世界を生きていくっていう選択肢が俺になかったっていうだけのこと。
だから俺はこのとき、つまりは敵に不意打ちを食らいそう
になっていたと暗殺者の一人の鋭い刃の間に体を滑り込ませて彼女を守ったとき、
俺は使命を全うしたようなそんな気分になった。
なんと清清しい。なんて満たされた気分なんだろう。迷わず彼女の為に身を挺することができたことを誇りに思えた。
よかった、俺は、彼女の為に、
目の前が真っ赤に染まる。傷口を押さえると、ぬるりとした液体がとめどなく
流れ続けている。不思議と痛みがなかった、がそれが逆に
「あ、思ったより深く入ったんだな」
という確信をいっそう確かなものにした。
血が足りないのか、ぐらり、と世界が歪んだ。おれもとうとう終わりらしい。
「グラッドさん!グラッドさんお願いしっかりして!」
彼女の声がした。俺は笑って、大丈夫だよといってやろうとおもったが、口が上手く
動かなかった。彼女の声が遠くで聞こえた。
そのうちだんだん暗くなってきて、もうの声が聞こえなくなってしまった。ああ、最後に
あの子の笑った顔がみたかったな。
まあいい。生きてさえいてくれれば、あのこはまたどこかで笑っていられる。(さよなら。)
俺の期待はかき消された。彼女の絶望は打ち砕かれた。
俺は奇跡的に一命をとりとめ、ライの宿屋の一室で目が覚めた。
起きて一番に見る事になったのは、の一睡もせずにベッドの横で見守っていてくれた
寝不足でクマだらけの、涙でぐしゃぐしゃになった顔。
一時的に乾いていた涙も、俺が永い眠りから醒めた事で再びあふれ出す。
泣かないでくれよ。
「ねえ、もういかないで。どこにもいかないで。あたしを守らないでよ、ねえお願い。
怪我しないで。死なないで。おいてかないで。怖い。怖いよ。グラッドさんが居なくなるのは嫌だよ。
悲しいよ。失うのが怖いよ。死なないで、死なないで」
「グラッドさん死なないで」
俺はその時はじめて怪我の痛みを感じた。本当だ。
傷を受けたときは確かにちっとも痛くなかったのに。
ドクンドクンと血管が波打っている。後悔というものが突然襲ってきて、
己の誤りを、失敗を、糾弾されているような気分になった。ぜんぜん清清しくなんかない。
ぎゅうう、とまるで確かめるかのようには抱きついた。腰の辺りが締め付けられて、傷が酷く痛んだが我慢する。
泣きじゃくる彼女をみてはじめて自分が間違っていたのだと分かった。「グラッドさん、
生きててくれてありがとう」俺の胸に顔を押し付けたままはいう。ああ、もう、なんて馬鹿な事をしたんだろう俺は。
彼女にこんな顔をさせて、こんな思いをさせて。
ああ、だからもう俺は、俺は、
君の為には死ねない
(さよならなんていわせやしないから。)
071020